「世界の経済に関わりたいから
一橋大か慶應大の経済学部に入りたい」
と次男が言ってきたのは高校3年の春だった
知的障害を伴う自閉症の兄の世話で
ほとんど手をかけてあげられず
次男には寂しい思いをさせていたが
冷静に自ら考えることができる子に成長した
当時、県内の進学校に通っていた
進学校と言っても、ここは田舎の栃木だ
都会のエリート集団に勝てるのか?
それに私は
「これからは学歴より人間力の時代」
と勉強に重きを置いていなかった
でも、次男が望むのであれば
応援すると決めた
次男に不安感や失望感が襲ってきたら
笑いながら吹き飛ばそうと決めた
現に、高校の先生からは
「浪人しないと無理ですね」
と言われた
模擬試験はE判定
そう言われても無理がない
でも、私は言った
「先生、うちの子、運がいいんです。
小さい頃から本番にも強いんです。
だから、大丈夫です」
なんと傲慢な母親なんだろうと
先生も呆れたと思う
笑われても平気だった
そして、この時
受験で合格するより
大切な事に気づいた
「母さんは、いつも僕の味方だった」
と次男に記憶してもらう事だった
この思い出だけできれば
母として合格だと思った
夏に
「お金かかりそうだけど
国立の一橋は浪人生に負けちゃうから
慶應1本勝負でいきたい」
と次男がポソっと言ってきた
その時も
私大は、高そうだなと不安になったけど、
「いい考えね!」
と笑顔で伝えた
受験本番の冬、
寒さが例年より身に染みた
E判定からC判定にあがってきたけど
合格圏内には、ほど遠い
受からなかったら
どうしよう・・・
言葉には出さずとも
頭の中でどうしてもよぎってしまう
そんな時に、不合格でも
次男を励ます良い言葉も見つかった
「ご縁がなかったのよ」
そうだ!受からなくても
その学校にご縁がなかっただけで
この子は何も変わらない
そして、究極のところ
子供が笑って暮らしていれば
母は、それだけで満足なのだ
自閉症の長男が
思春期に荒れた時も
同じことを思ったな
そして、奇跡が起きた
なんと1本勝負で挑んだ
慶應大に合格したのだ
小さい頃から
手をかけてあげられなかったと
懺悔の心からも少し解放された
そして、
何より味方でいる大切さを
体験させてくれた
そう言えば
結婚式で、「お父さん、お母さん、
私の味方でいてくれてありがとう・・・」
と新婦さんが手紙で
よく読んでいることを思い出した
きっと母さえ
味方でいてくれたら
子供は、無敵なんだ
ここぞ!という時に
母さんは、あなたの味方だよと
伝わることが大切だな
その想いは
子供の心に一生残るから・・・
子育ては
かけがえのない
大切な事を教えて
母を成長させてくれます